極微の世界を支配するシンプルな基礎方程式から、身の回りにある物質の驚くほどの多様性が生まれるのは、物性物理学の大きな魅力です。一方で、多数の電子と原子核の相互作用を理論的に取り扱うのは、途方もなく困難であるように思われます。しかし、理論手法の発展とコンピュータの性能向上により、おおもとの支配方程式(シュレーディンガー方程式)を近似的に解くことは十分に可能になっています。第一原理計算を用いた物性研究は、そのような手続きで物質ごとの個性を知ることで、物理現象の起源を調べたり、物質機能の向上指針を探ることができます。また、実験的研究や理論モデルを用いた研究とも連携できる広がりをもっています。私が取り組んでいる研究の一部を以下で紹介します。より専門的な内容は英語のページをご覧ください。

熱電物質の性能向上指針の探索

 熱エネルギーと電気エネルギーを相互に変換できる熱電物質は、無駄になっている廃熱を電気エネルギーとして活用できることから、強い注目を集めています。一方、太陽光発電など他の様々なエネルギー変換技術と同様、その変換効率を高めることが中心的な課題として存在しています。どのような物質が高い熱電変換効率を示すか?高い性能の微視的な起源は何か?という問題に取り組むにあたって、物質ごとの個性を抽出できる第一原理計算は非常に有用です。理論解析の結果に基づく物質設計や、実験研究者との連携も積極的におこなっています。

強相関電子系における物質機能の解析

 固体中の電子は、原子核の作るポテンシャルの中を独立して動くわけではなく、電子同士が互いに反発を感じます。電子間のクーロン相互作用は、多体問題の難しさの根源であると同時に、素朴な予測を超えた非自明な物理現象を生み出します。特に電子間相互作用が電子状態を大きく変えてしまう系は強相関電子系とよばれ、物性物理学の中心的な研究対象の一つです。強相関電子系の研究においては、第一原理計算をそのまま用いるだけでなく、ときには理論モデルを援用して研究をおこなっています。また最近は、複合アニオン化合物にも注目しています。強相関物性の主役はカチオンに局在するd軌道やf軌道ですが、それと結合したアニオンを設計自由度として積極的に活用する、特に複数種のアニオンを用いる設計戦略が近年、強い注目を集めています。そのような複合アニオン化合物でどのような電子状態が実現し、どのような物性機能が期待できるかに興味を持っています。

新奇トポロジカル物質の電子状態の解析

 対称性は物理において最も重要な概念のひとつです。実は、電子状態に内在する対称性を用いて、物質の状態を特徴付ける相を定められることが明らかになっています。そうして定義されるのが、近年、注目されているトポロジカル相です。たとえば、新たなトポロジカル相に分類される現実物質の探索や、そこで期待される物性機能の研究が盛んにおこなわれています。第一原理計算を用いて電子状態の対称性を調べることで、主に実験研究者と共同した研究をおこなっています。

新しい第一原理計算手法の開発

 シュレーディンガー方程式を近似的に解くことは可能である、と冒頭に書きました。しかし、その近似精度は必ずしも十分ではなく、第一原理計算理論の課題は数多く残っているのが現状です。そのような課題の解決を目指して、多体波動関数としてジャストロウ因子とスレイター行列式の積を利用するトランスコリレイティッド(TC)法の開発をおこなっています。ジャストロウ因子を通して、多電子の相関を波動関数に露わに含んでいる点が、Kohn-Sham方程式を用いる密度汎関数理論と大きく異なる点です。そのぶん計算コストは増加する傾向にありますが、その計算コストを大幅に削減するアルゴリズムの開発や、post Hartree Fock法とよばれる理論的枠組みと融合させるような理論開発をおこなってきました。